大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(オ)343号 判決 1973年1月26日

上告人

山田鉱一

右訴訟代理人

木島英一

北村忠彦

上告人

山口堅造

外一名

右二名訴訟代理人

木島英一

被上告人

尾崎利雄

右訴訟代理人

提重信

主文

原判決中、被上告人の上告人山田鉱一に対する本訴請求および同上告人の被上告人に対する反訴請求のうち所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続請求につき控訴を棄却した部分を破棄し、右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

上告人山田鉱一のその余の上告ならびに上告人山口堅造および同前田昌宏の各上告をいずれも棄却する。

前項の部分に関する上告費用は、上告人らの負担とする。

理由

上告人山田鉱一の上告理由について。

所論は、原判決の違法を主張するものではないから、上告適法の理由に当らない。

上告代理人木島英一の上告理由第一点および同第二点について。

まず、被上告人の上告人山田鉱一に対する本訴請求および同上告人に対する反訴請求について案ずるに、当事者の主張に基き原判決が認定した事実はつぎのとおりである。

(一)  訴外春名幸夫と上告人山田鉱一および訴外山田ちたとの間で昭和三三年三月二九日東京高等裁判所において、つぎの内容の訴訟上の和解が成立した。

(1)  上告人山田鉱一および訴外山田ちたは、連帯して訴外春名幸夫に対し金九三万二五〇〇円およびこれに対する昭和三三年四月二四日から支払ずみまで年一割五分の割合による遅延損害金債務を負担する。

(2)  同上告人および訴外山田ちたは、右(1)の債務のうち金五〇万円を昭和三三年七月一〇日までに、さらに金五万円を同年一二月二九日までに、それぞれ訴外春名幸夫代理人木戸口久治方に持参して支払う。

(3)  同上告人および訴外山田ちたが右(2)の各金員を遅滞なく支払つたときは、訴外春名幸夫は、(1)の債務の残存額の支払を免除する。

(4)  同上告人は、右(1)の債務の支払を担保するため、その所有にかかる本件建物(原判決添付別紙第一目録(一)の建物)および本件土地(同第二目録記載の土地)につき順位第二審の抵当権を設定する。

(5)  同上告人および訴外山田ちたが右(2)の各金員を約定の期日までに支払わないときは、訴外春名幸夫は、右(1)の債務の支払に代えて、本件土地建物の所有権を取得する。なお、その場合、訴外春名幸夫は右(1)の債務につきすでに支払ずみの金員を返還する。

同上告人は、本件土地建物につき訴外春名幸夫のために代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記をする。

(二)  そして、訴外春名幸夫は、右和解調書に基き、本件建物につき、いずれも昭和三三年六月六日受付をもつて、抵当権設定登記および所有権移転請求権保全仮登記を経由した。

(三)  しかし、同上告人は、右(一)の(2)の各金員を約定の期日までに支払わなかつた。

(四)  訴外春名幸夫は、昭和三四年九月中旬ごろ右(一)の和解に基く同訴外人の同上告人に対する前記各債権および本件建物に対する代物弁済予約上の権利を被上告人に譲渡し、かつ、同月二二日同上告人に対しその旨を通知した。被上告人は、本件建物につき昭和三九年一〇月一〇日受付をもつて前記(二)の所有権移転請求権保全の仮登記の付記登記を経由した。

(五)  そして、被上告人は、昭和三九年一二月一二日同上告人に対し右(一)の和解に基づく代物弁済予約を完結する旨の意思表示をした。

(六)  なお、同上告人は昭和三九年一二月一三日以前から本件建物を占有しているところ、同日以降の賃料相当損害金は一カ月金一万六八〇七円である。また、上告人山口堅造は本件建物中原判決添付別紙第一目録(二)の部分、同前田昌宏は本件建物中同目録(三)の部分をなんら正当な権原なくしてそれぞれ占有している。

右事実関係に基き、原判決は、右代物弁済予約の完結によつて本件建物の所有権は上告人山田鉱一から被上告人に移転したものとして、被上告人の同上告人に対する本訴請求中(1)本件建物についてなされた前記所有権移転請求権保全仮登記に基く所有権移転の本登記手続ならびに(2)本件建物の明渡および昭和三九年一二月一三日から明渡ずみまでの損害金の支払を求める請求を認容するとともに同上告人が被上告人に対し債務完済と引換えに本件建物についてなされた前記抵当権設定登記および所有権移転請求権保全仮登記の抹消を求める反訴請求を排斥した第一審判決を是認したものである。

しかし、原判決の右認定事実によれば、被上告人のためになされた右仮登記の原因たる代物弁済の予約は、債権担保のために締結されたものと解されるから、その実質は担保権と同視すべきところ、このような場合においては、予約完結権の行使による目的不動産の所有権の移転は、それによつて債権者に確定的な所有権の帰属を生じさせるものではなく、債権者に対し、目的不動産の換価または評価による債権の優先弁済をえさせ、剰余金があればこれを清算金として債務者に返還させることを目的とする清算処分権を与えるためのものであるにすぎないと解するのが相当である。したがつて、かかる契約においては、予約完結後であつてもその換価処分または評価清算前には債務が消滅するものではなく、その間に債務の弁済があれば、担保契約はその目的を失つて消滅し、債権者は、担保契約上の地位を失うものと解すべきである(最高裁判所昭和四三年(オ)第三七一号同四五年九月二四日第一小法廷判決・民集二四巻一〇号一四五〇頁参照)。右の理は、代物弁済の予約が裁判上の和解によるものであつてもなんら異なるところはない。

そうすると、これと異なる見解のもとに、上告人山田鉱一の反訴請求のうち債務完済と引換えに所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続を求める部分を棄却した第一審判決を是認した原判決は、法令の解釈適用を誤つたものというべきであり、この違法は原判決の結論に影響を与えることが明らかである。論旨は理由がある。しかし、同上告人の反訴請求のうち被上告人に対し抵当権設定登記の抹消登記手続を求める部分については、同上告人において、訴外春名幸夫が抵当権設定登記を経ていると主張するだけで、被上告人が右抵当権設定登記について同訴外人から移転の付記登記を経ていることを主張していないから、その請求は主張自体失当というべく、右請求部分を棄却した第一審判決を是認した原判決は、結局相当である。したがつて、この点の論旨は、理由がないことに帰する。

そして、また、かかる契約においては、債権者は、予約完結後、目的不動産を換価処分または評価清算して優先弁済をうるためその所有権移転登記ないし引渡を求めることができるが、このような債権者の請求に対し、債務者が前記清算金の支払と引換えにのみその履行をなすべき旨を主張したときは、原則として、債権者は、その引換えの要求に応じなければならないものと解するのが相当である(前記最高裁判所判決参照)。

かかる見地から、被上告人の上告人山田鉱一に対する本訴請求をみるに、本件記録に徴すれば、同上告人は被上告人の有する権利の実体は担保権にすぎないものとして被上告人の請求を争つている趣旨であると解されるのであるから、適切な釈明いかんによつては、同上告人において前記のような主張・立証をする余地があるにもかかかわらず、原審は、この点の配慮をすることなく、右請求を認容しているのであつて、右に説示したところに徴し、原審は、釈明権の行使を怠り、ひいて審理不尽の違法を犯したものというべく、この違法は原判決の結論に影響することが明らかである。論旨は理由がある。

つぎに、被上告人の上告人山口堅造および同前田昌宏に対する請求についてみるに、原判決の認定した前記事実関係のもとにおいては、同上告人らは被上告人に対しその占有する本件建物部分を明渡す義務があるというべきであるから、これと同旨の原判決の判断は、相当であるというべきである。したがつて、この点の論旨は、理由がない。

以上の次第で、原判決中、被上告人の上告人山田鉱一に対する反訴請求のうち所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続請求につき控訴を棄却した部分を破棄し、右部分についてはなお審理を要するためこれを原審に差し戻すこととし、同上告人のその余の上告ならびに上告人山口堅造および同前田昌宏の各上告をいずれも棄却することとする。

よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(岡原昌男 色川幸太郎 村上朝一 小川信雄)

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